小塚原は本当に心霊スポットなのか
小塚原処刑場では創設から廃止までの222年の間に延べ20万人以上の罪人が処刑された記録があります。当初は本当に罪を犯した者だけが処刑される場所でしたが、安政の大獄以降は日本のために活動した尊王攘夷派の若者たちがつぎつぎと投獄され、無念の死を遂げました。
過去の悲惨な歴史も相まって小塚原処刑場跡地は心霊スポットと言われています。
小塚原は都内有数の心霊スポット
小塚原処刑場をはじめ、三大処刑地として数えられる鈴ヶ森処刑場、大和田処刑場の跡地はどれも人々を恐れさせる心霊スポットと化しています。特に鈴ヶ森処刑場は「白い着物を着た女性の幽霊」が写真に写りこんだことで一躍有名心霊スポットに仲間入りしました。
小塚原処刑場跡地でも怪奇現象が体験されています。日中は明るく人通りが多いので、心霊スポット初心者が多く訪れる場所です。
どんな体験、目撃情報がある?
小塚原処刑場は実際に本物の幽霊を見たというよりは、霊感の強い人が南千住一帯を訪れると気分が悪くなったり寒気がするというスポットです。何万人もの罪人が処刑され、埋葬されている地域ゆえに死者たちの思念が残るいわくつきの場所です。
最寄り駅である南千住駅からは徒歩数分とアクセスがよいため、オカルト好きが気軽に訪れられる点も有名な心霊スポットとなった一因です。
小塚原処刑場跡地にまつわる噂
多くの罪人を処刑した小塚原処刑場跡地のある荒川区南千住には、心霊現象以外にもさまざまな怖い噂が存在します。処刑場跡地ならではのショッキングな噂が後を絶たず、オカルト好きにとっては話題の絶えない場所です。噂の内容は地名の由来であったり、土地開発に伴う工事中の事件など多岐に渡っています。
「コツ通り商店街」の「コツ」は「骨」が由来?
南千住駅の西口を出てすぐの大通りには「コツ通り商店街」という飲食店や医療機関などが立ち並ぶ商店街があります。名前の「コツ」は人骨の「骨」が由来という怖い噂があります。たくさんの死体が埋葬されている地域ゆえに、昔は人骨が転がる光景が当たり前だったことが影響しているという一説があります。
もしくは旧地名の小塚原の頭2文字「コヅ」を取ったという説もあります。
周囲の地面は人骨だらけ?
江戸幕府が倒され明治政府へと時代が移行するなかで、小塚原処刑場も廃止されあたり一帯は近代化の波に乗り開発が進められました。明治時代に行われた常磐線の線路工事や道路工事の際、大量の人骨が発掘されました。
昭和に行われた高架線と地下鉄開通工事、平成に行われたつくばエキスプレスのトンネル工事の際には1900点以上の人骨が発見された記録が荒川区役所に残されています。
小塚原処刑場跡地の様子
南千住は積極的な駅前開発によりビルや住宅街の多いエリアとして生まれ変わっています。自然が感じられる隅田川沿いにあり、駅前に店が多く3路線通るアクセスのよい立地なのが人気の理由です。
ただ、一部地域では強盗や空き巣などの凶悪犯罪が発生していること、23区内の中でホームレスが多い地域であることから治安面の不安があります。女性の一人暮らしにはやや住みづらい地域です。
処刑上跡地にはなにがある?
跡地周辺は駅前開発により高層マンションやビジネスホテルが立ち並び一見は昔処刑場があったことなどまったくわからないような閑静な市街地に変貌しています。
罪人を供養するために創設された「回向院」と「延命寺」は街中にあり、寺院の敷地内にある石碑、地蔵、墓のうち8つが後世にも悲惨な出来事があったことを伝えるため荒川区の有形文化財として指定されています。
跡地に残る8つの有形文化財
小塚原処刑場跡地にまつわる8つの有形文化財のうち「小塚原の刑場跡」をはじめ安政の大獄で処刑された3名の「吉田松陰の墓」「頼三樹三郎の墓」「橋本佐内の墓」、杉田玄白が腑分けの感謝に建てた「観臓記念碑」、橋本佐内を偲んだ碑「景岳橋本君碑」「回向院文書」の7つは回向院内にあります。
死刑者たちを供養する「小塚原の首切り地蔵」だけは延命寺内にあります。
当時の資料を観覧できる場所
上記で挙げた史跡は年中無料で開放しておりいつでも見られます。江戸時代当時に書かれた資料は荒川区図書館に併設している「荒川ふるさと文化館」に所蔵されており、一般観覧は不可とされています。
不定期に当時使用された「首切り刀」や発掘された人骨が収められた資料室が開放されており、観覧希望の場合は公式ホームページを確認するか直接電話で問い合わせてみましょう。
住所 | 〒116-8501 東京都荒川区荒川二丁目2番3号 |
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電話番号 | 03-3802-3111(代表) |
公式サイトURL | https://www.city.arakawa.tokyo.jp/a016/bunkageijutsu/furusato/furusato.html |
営業時間 | 9:30~17:00(入館は16:30まで) |
定休日 | 月曜(月曜が祝日の場合は開館、翌日休館)、毎月第2木曜(館内整理日) |
アクセス | 「南千住駅」から徒歩10分 |
小塚原処刑場は日本の歴史に大きく関わる場所
小塚原処刑場は都内有数の心霊スポットであると同時に日本の歴史の大きな転換期に関わった重要な場所です。
日本の未来を憂い諸外国との外交や徳川幕府の在り方に異を唱えた吉田松陰ら多くの尊王攘夷派の志士たちが処刑された悲しい場所ですが、蘭学者・杉田玄伯らが編成した「解体新書」の研究のため死体の腑分けを行い、多くの命を救う医療技術を発展させた場所でもあります。
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