日本人の思いが伝わる美しい日本語
日本の人々はたくさんの意味を込めた日本語をつくりました。本来の意味の他に隠れた感情や心身の状態の変化をも伝えてくれる独特の国語です。「美しい日本語」の意味や成り立ち、くわえて隠された情景や感情の変化を解説します。
美しい風景を連想させる独特の日本語
日本語は情景の描写に長けており、よい文章は場面の雰囲気を相違なく目の前に浮かべてくれます。決して長い文章ではなく余分な言葉を使わずに、きれいにまとめるのが日本語の文化です。
一つの言葉には複数の感情や情景描写を含んでおり、上手に使い分けるのが重要です。目の前に広がる荘厳で雄大な景色を美しい日本語で楽しんでみましょう。
暁(あかつき)
「暁」は大きく2つの意味を持ちます。1つは「夜明け」で1つは「成功と実現」です。暁とは夜明けよりも前の時刻でしたが、昨今では薄明るくなってきた夜明けの時間のことをいいます。
もう1つの意味は「望みや目的が実現する(成功する)」ことをいいます。単に「成功したら」と表現するよりも、独特でずっと美しい言い回しです。
黄昏(たそがれ)
黄昏どきは人の顔の見分けがつかなく「だれ・かれ?」が語源となり、夕方や明け方の両方の時間帯を言っていましたが、いまでは夕方のみを指すのが普通です。日が沈んで1日が終わることで「物ごとの終わりのとき」や「おとろえ」を表現する言葉としても使われます。
「黄昏」の言葉の裏には、隠れた「はかなさ」が感じられます。
佳夕(かせき)
「佳」は特別に優れたとの意味を持ち「佳夕・かせき」とは「特別な美しい夕焼け」です。同じように優れた作品は「佳作」、絶品の風景を「佳絶」とも言います。
「かゆう」と読むことも多く、お店の名前のも使われています。「かせき」と読むほうが日本らしく風情があり、美しい風景を思うには上品できれいな言い回しの言葉です。
風光明媚(ふうこうめいび)
「風光明媚・ふうこうめいび」とは「風光」と「明媚」という2つの言葉をあわせた四字熟語です。「風光」は風や光などの「自然」をあらわし、「明媚」は明るくあでやかで美しいという意味で、自然の美しさを愛でる言葉です。壮大で華麗な風景を表現するのにぴったりの美しい日本語です。
赤富士(あかふじ)
日本一の山「富士山」の表情をあらわした言葉です。富士山は青く見えますが、夏の終わりから秋の初めの朝方に赤く見える縁起のよい富士山の姿を言い表した言葉です「赤富士」とは単に見た目の美しさを表現したのではなく、未来への希望を託したロマンティックな意味を含んだ日本らしい言葉です。
名前にも使われるきれいで美しい日本語
日本人の名前には美しい言葉がたくさん使われています。名字は親から譲りうけるのが普通であり、名前は個人特有であり一生背負うものとして大切に考えてつけられるからです。
社会人となれば名刺交換の機会も増えるでしょう。名前が目立つと覚えてもらいやすく、特徴のある美しい名前は得する機会も多くあります。
雅(みやび)
「雅・みやび」とは「宮ぶ」が語源で宮廷風というのが元の意味です。海外では「風流で上品」とか「洗練された高貴な」という意味に訳されます。「優雅」「典雅」という言葉が象徴するように、正しく上品でありながら「わび・さび」にも通じる「奥深い豊かさ」をイメージする言葉です。
名刺では「雅」という漢字ではかたく感じられるため、ひらがなで「みやび」と書く人も多くいます。
華(はな)
名前に使われるときの「華」は、「はなやかで美しい」という意味で使われることが多く、ほとんどが女性の名前に使用されます。
「華奢(きゃしゃ)」という言葉もあるように、「花」の美しさに加えて「上品で繊細な」という意味をもちます。「花」とはことなり「華麗」で「優雅」な雰囲気を与えます。名刺を渡されたときに、はっきりと感じとれます。
泰(やすらか)
「泰」という文字は東洋の占いで「陰と陽の交わり」といわれ、和と中立を意味します。「泰然」「泰平」「安泰」などの言葉があるように、平穏で落ち着いた様子をあらわす字です。
なにごとにも動じないことから男性の名前に使われることが多く、「泰らか・やすらか」は「安らか」と同じ意味を持ち、心に秘めた力強い独特の雰囲気を与えます。
朗(ほがらか)
「朗らか」とは「明るく1点の曇りもなり青い空のような心」を意味します。すがすがしく明るいおおらかな人を指し、男性の名前に使われるのがほとんどです。よく「郎」と「朗」の文字は間違われますが、意味あいが大きく変わってしまいます。名刺をいただいた際にも、しっかりと覚えておくのが基本です。
久(ひさしい)
「久しい」の言葉には「長い時間の経過」の意味があります。「永久」「恒久」「久遠」と使われるように、長く続くという縁起のよい文字といわれます。過去にさかのぼって「久しい」と使うこともあれば、未来に向けても使われる日本語です。
名前に使われるときにも男女を問わず「久美子」や「久一」などバリエーションは豊富です。
同じ意味でも言い回しを変えた表現の美しい日本語
海外の言葉にも複数の意味を持つ言葉がありますが、日本語では複数の感情が込められており、さらに複雑です。「美しい」という意味の言葉にも多くの単語が使われ、「はかない美しさ」や「健康的な美しさ」のように、場面での感情や状況が加味されます。同じ意味でも言葉がかわると感じ方が全くかわります。
憂い(うれい)
「憂い・うれい」とは「未来に予想される悪い状態を考えて心配する」ことや「不安で心がスッキリしない状態」をいいます。
海外では「不安だ」とか「心配する」という言葉はありますが、「うれい」という言葉のように「将来の悪い結果を考えて」心配するとか不安になるという状況を一言で表現する言葉は見つかりません。繊細な心の動きを上手に言いあらわしています。
辛くも(からくも)
「辛くも」という言い回しは、「間一髪のところで」とか「何とか・かろうじて」の意味です。単に「かろうじて」などというよりも「辛くも」という表現のほうが「危機一髪」という状況が鮮明に浮かびます。「辛い」という言葉は日本独特の表現で、海外では使われないので訳しにくい言葉でもあります。
いにしえ
「いにしえ」という言葉は「古」の一文字をもちいますが、当初は「往にし方」と書いていました。「過ぎ去った日々」を意味する古き良き時代を思わせる美しい日本語です。
「昔の人々」というよりは「いにしえの人々」と言ったほうがきれいであり、「なつかしさ」や時代の流れを崇拝する気持ちが伝わってくる独特の言い回しです。
おもてなし
「おもてなし」とは「もてなす」の丁寧語の名詞です。「もてなす」の語源は「ものを持って成し遂げる」で、大切な相手の人を思って対応するという意味です。
「おもてなし」の心は「茶道」から始まっており、正しい態度や振る舞いを持って相手に対応します。相手を思いやり十分な準備をして、相手が求める最高の時間と空間を提供するのです。
身をやつす
「窶す・やつす」の言葉には「貧しい」という意味があります。「身をやつす」と言うことで「貧しい身なりになる」から転じて「みずぼらしい格好をする」「落ちぶれる」という意味までを含みます。
「落ちぶれる」の意味が発展した「見るかげもなく落ちぶれる」という意味の裏には「深刻な悩み(恋愛を含む自分の生活のことなど)を抱えて」という意味が隠れています。
味のある
「味のある」という言葉は「味わいがある」という意味から、「深みがある」に転じて「奥深い」とか「趣き(おもむき)がある」「面白味がある」「風流な」という意味として使われています。
他にも「古風な」「懐かしい感じがする」「味がある」「ユーモアセンスがある」という意味も含んでおり、よい状態のもの(人物も含む)を表現する言葉です。
踵を返す(きびすをかえす)
「踵・きびす」とは「足のかかと」のことで「向きをかえて引き返す」という意味で使われます。「あともどり」するとか「引き返す」ことをきれいな言い回しにした言葉で、単に引き返したのではなく心情などに変化があったことが感じ取れます。日常ではあまり聞かれませんが、書籍中の文章などに多く使われます。
季節や天候の情景を感じさせる美しい日本語
季節の表情をあらわした言葉は、きれいで優雅な音調とともに情景が眼前に広がるように描写しています。雨や雪などの天候をあらわす言葉も多く、海外では一言で片づけられるのに、日本ではさまざまな表現を用いて情景を細かく伝えるところが日本らしい言葉遊びであり日本語が難しいとされる由縁です。
名刺の中に季節の言葉を添えると、1枚の名刺にインパクトを与えてくれます。
季節を表現する美しい日本語
春景(しゅんけい)
「春景・しゅんけい」とは字のごとく「春の景色」をいい、「春のやわらかい日差し」や「春の色」を表現しています。「春の色」とは「なまめかしい姿」と揶揄(やゆ)され、色っぽい女性のことを例えたりもします。春真っ只中の景色や春の気配を感じる時期を言い表した言葉です。
立夏
立夏の「立」は「初め」の意味で「春の初めの時期」です。「立つ」とは「来た」に通じる言葉で、「春が来た」という意味で5月の上旬のことです。同様に冬の初めは「立冬」で、季節が立つという言い回しは独特の使い方で日本らしい言葉です。
中秋
中秋とは「秋の中ば」をいい10月上旬のことです。「中秋の名月」という言葉は有名ですが、10月1日に見る月のことで旧暦(古くに使われた陰暦・太陽暦のもう一方)の8月15日であったことから「十五夜お月さん」とも呼ばれます。
冬化粧
日本は四季の特徴が大きく出る気候の場所で冬の寒さは昔から厳しいものでした。人に厳しい冬を美しい表現であらわした言葉が「冬景色」です。わびしく寂しい冬を忘れさせてくれる美しい言葉で、海外では季節が化粧をするという言い回しは使われていません。日本の巧みな言葉の文化が伝わってくる言葉です。
雨や雪を表現する美しい日本語
狐の嫁入り
「狐の嫁入り」とは「にわか雨」や「天気雨」のことです。狐は「人を化かす(だます)」ことから、太陽が出ているのに雨が降る「にわか雨」は怪奇現象としてあつかわれ「狐の嫁入り」というようになったなど諸説あり、日本らしい例え話だと心が和みます。
慈雨(じう)
慈しむ(いつくしむ)雨と書いて「慈雨・じう」と読みますが、雨が降らずに困っているときに降る「めぐみの雨」のことを言います。全ての生き物を潤して成長を助ける「命のみなもととなる雨」です。「慈しむ」という言葉には「哀れむ」「世話をする」「大切にする」などの意味があり、響きのきれいな日本語です。
翠雨(すいう)
「翠雨」とは「草や木の葉に降り注ぐ雨」のことです。「翠・すい」の字は宝石の翡翠(ひすい)のような美しい緑色を意味します。草木についた雨は、いかにも宝石のようなグリーンの玉です。雨を美しい宝石に例えた言い回しで表現する国は日本だけでしょう。
涅槃雪(ねはんゆき)
「涅槃・ねはん」とはお釈迦様が入滅(亡くなって俗性をはなれた日)のことで、陰暦でいう2月15日を指します。そこで2月中旬に降る雪のことを「涅槃雪・ねはんゆき」といいます。お釈迦様の命日を偲ぶがごとく舞い降りてくる雪であることから、誰が名付けたわけでもなく「涅槃雪」といわれています。
綿雪(わたゆき)
綿雪とは少し大きめの粒の真綿のようにフワッとやわらかく舞う雪です。粉雪よりも粒は大きく、次に解説する牡丹雪よりも小さく暖かそうに見える雪をいいます。しんしんと降り積もっていく雪を「綿雪」と表現し、雪深い場所で多く使われる言葉です。
牡丹雪(ぼたんゆき)
牡丹の花のように大きな粒の雪です。綿雪と同じように使う地域もありますが、厳密には綿雪よりも大きな雪片で最も粒の大きな雪です。雪を花にたとえるということも、ロマンティックで日本らしい描写だと感嘆します。
時代がかわっても使われる美しく多彩な日本語
多様な意味を持つ美しい日本語は古来から現代まで広く使われています。日本では社会人のあいさつは名刺交換から始まり、名刺における日本語の印象は大きな意味を持ちます。
時代を経て(へて)磨かれた美しい日本語は、現代にあった意味も加えられて多くの場面で使用されています。美しい日本語を後世まで伝えるように、もっと積極的に美しい日本語を活用しましょう。
出典:写真AC