屯田兵とは?屯田兵が組織された理由・どんな暮らしだったのかなど解説!

屯田兵とは?屯田兵が組織された理由・どんな暮らしだったのかなど解説!

屯田兵とは警備をしつつ農作業も営むことで辺境の土地を守る兵士です。日本の屯田兵制度は明治期に北海道で創設されます。志願した人々は本州の貧しい士族や平民で、北海道の原野に農村を作って過酷な環境のなかで警備や開墾を担い、北海道の開拓に貢献しました。

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屯田兵とは?

出典:イラストAC

屯田兵って北海道に配備された兵士だよね。普通の兵士とはどう違った?実際の人々はどんな暮らしだったんだろう?

屯田兵は辺境を守るための兵士で、集団でへき地に移住し軍事に加えて開拓・耕作も行う農兵です。屯田兵は限られた財源で辺境の軍備をかためるために作られた制度で、兵士に開拓もさせて防衛力を高めつつ食糧は自給自足させ国の収入も確保します。

屯田兵の制度は中国やロシアなどで過去に行われており、日本では明治期の北海道で行われました。

明治期の北海道に配備された農兵

日本における屯田兵は明治時代の北海道に配備され、当時の北海道で行われた開拓に貢献したことで知られます。

屯田兵の制度は「開拓使」という北海道開拓を進める官庁の下に1893(明治6)年に作られ、翌年から実施されます。制度は1904(明治37)年に廃止され、約4万人の兵士と家族が約800平方キロメートルを開拓しました。

語源は古代中国の軍事制度

Photo by Dan Lundberg

屯田兵の語源は中国の前漢時代に作られた「屯田」という軍事制度で、「駐屯地で田畑を開き耕作した兵士」が名前の由来です。前漢の辺境では紛争が多く、都度兵士を派遣すると国家予算を圧迫するため、兵士を駐屯させ、争いのないときは現地で開拓・耕作をさせて自活・納税をさせたと伝わります。

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屯田兵が組織された理由

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