ゲッベルスはどんな生涯を歩んだ?有名な演説・もたらした影響を解説!

ゲッベルスはどんな生涯を歩んだ?有名な演説・もたらした影響を解説!

ヒトラーの側近ヨーゼフ・ゲッベルスは、病気による障害を抱えながら天才宣伝マンとして活躍したプロイセン生まれの政治家です。彼の宣伝手法はナチス政権崩壊後も多数の人に影響を与えました。ゲッベルスの生涯や宣伝についての考え方、語録や名言などを詳しくご紹介します。

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ゲッベルスの手がけた式典のここがすごい!

ドイツ
Photo by roger4336

宣伝の天才ゲッペルスは党の宣伝担当者として、ナチス政権下で数多くの式典を手がけました。ゲッベルスの企画した式典には、人々を熱狂させ、党の思想に共鳴させるさまざまな仕掛けがあったといいます。

①保守派も取り込んだ「ポツダムの日」

ポツダムの日
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「ポツダムの日」はヒトラーがドイツ国の首相となったあと、国民感情の発揚のために、国会開催に先立って開催された祝典でした。1933年3月21日にポツダムで行われた式典は、ほぼ全ての国会議員が参加した盛大なものでした。

プロイセン王国の伝統を意識した演出によってヒンデンブルク大統領らの保守派も支持層に取り込むことに成功し、ゲッペルスはナチスの独裁を後押ししました。

②党の重要な祭典「国民労働の日」

労働の日
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ナチスの正式名称は「国民社会主義ドイツ労働者党」です。したがって、メーデーは非常に重視され、ナチス政権下で「国民労働の日」として特別なイベントへと転換されました。1933年の5月1日は、ベルリンのテンペルホフ広場で盛大な祝典が催されました。

大衆向けの娯楽が提供され、多くの人がナチスを身近で親しみやすいものとして認識するように、人々の意識が変化しました。

③ヒトラーも満足、「ベルリンオリンピック」

オリンピック
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ゲッベルスの最大の功績はベルリンオリンピックでした。ヒトラー政権下で開催されたベルリンオリンピックでは、近代オリンピック市場初めて聖火リレーが行われ、オリンピックの伝統の再興者としてドイツを位置づけることに成功しました。

反ユダヤ主義は徹底的に隠蔽され、海外から来る旅行者にドイツに対する悪印象を与えることを防ぎました。

天才ゲッベルス語録!

演説
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抜きん出た演説力と宣伝力をもっていたゲッベルスは、ナチスの躍進と政権掌握に大きな役割を果たしました。活動の中で彼は数々の語録や名言を残しています。中には今でも生き方の参考になるものもあります。

ジタバタするな!だが旗を手放すな!

出典: https://www.instagram.com/p/CG75urjJyZ-/

語録の1つ目「ジタバタするな!だが旗を手放すな!」は1925年の日記に書かれたもので、第一次世界大戦の敗戦国だったドイツの弱腰の外交姿勢を批判しています。

「間もなく僕らは牢獄に入れられるだろう。だが気にすることはない。」ともあり、自分の信念を旗に例えて、逃げ隠れせず覚悟を決めて、自分の考えを貫くという心構えが見て取れます。

プロパガンダなきいい政府はない

出典: https://www.instagram.com/p/CGiAA-1hpKs/

語録の2つ目、「プロパガンダなきいい政府はない」という言葉が意味するのは、政府と政府のプロパガンダは不可分であるということです。つまり、どのようなよい政府であってもプロパガンダなしには民衆に政府の意図が正確に伝わらず無意味であるという意味で、彼が宣伝の効果を重視していたことがわかる名言です。

プロパガンダ映画を次々に制作したことにも彼の考えが表れています。

宣伝とは自分と同じ心理を認める人を探し求めようとする行為である。

出典: https://www.instagram.com/p/CGsrX3SDbCn/

語録の3つ目「宣伝とは自分と同じ心理を認める人を探し求めようとする行為である。」は、ゲッベルスの宣伝に対する考え方をもっとも良く表した名言です。共感こそが効果的な宣伝であると考えた彼は、人々が心を一つにして共感できるような宣伝を次々に打ち出しました。

彼は民衆の不満や欲望を遠まわしに刺激する要素を映画や祝典の中に巧みに混ぜ込み巧妙に人々の心を誘導したのでした。

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